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【古戦場】侍・鎧武者の幽霊が出るスポット【城郭】 

【古戦場】侍・鎧武者の幽霊が出るスポット【城郭】
153 :本当にあった怖い名無し:2008/09/29(月) 01:24:29 ID:Yi92Os500

ある日甲冑一式が持ち込まれた。聞けばネトオクで落としてみたものの
(かなり安かったらしい)届いてから家でおかしなことばかりが
起きるから怖くなったので納めて炊き上げて欲しいと引きつった顔で
言っていた。その人の前で再確認の意味もあって入っている箱を
開けようとしたんだけど思い出すのも嫌だからやめてくれと懇願され
そんないわく付きなのかよ・・・と思いながらも神社としては断れないし
引き取ることに。そんでどういう感じなのか確認のために見てみたら
年代物な感じだったけど保存状態が良かったみたいでボロボロではなく
むしろ結構綺麗な感じ。確認も終わってまた箱にしまって
蓋もきちんとしめてそのまま社務所の一室に置いといた。しばらくしたら
巫女が凄い悲鳴あげたから何だ?と行ってみたら確かに閉めたはずの
蓋が少し持ち上がっていて、巫女が指さしながら箱の中に人がいて
箱の中から覗いてた、手も出してきてつかまれそうになったと
泣きじゃくってパニック状態。
そんなわけねーじゃんと蓋を開けてみたら下の方にしまったはずの
手の部分が上にあって?だったけどそれ以外は変わりないから
気のせいだよとその巫女をなだめまくってその場は収めた。
程なくして霊感持ちの奴が外祭から戻ってきたからその話をしたら
視てみようか?というのでそれを見せた。


156 :本当にあった怖い名無し:2008/09/29(月) 02:11:38 ID:Yi92Os500
見た途端、これやばい。とりあえず縄と札で封印しようというから
兜と鎧それぞれの箱に縄張ろうとしたんだけどなぜか何回も
ブチと切れて困った。最終的には祝詞読みながら張ってどうにか
できたんだけど、その様を見ていた禰宜が
「こっちはいいからお前らでさっさかそれを炊き上げてこい。」と
言ってくれて言葉に甘えて炊き上げに向かってた。
向かう途中も札が破れたり箱の中で何か動いていたけど
炊き上げをどうにかやった。
焼いている時に人間の髪の毛が焼けるような臭いというか火葬場の
臭いみたいなのが凄く臭って気持ち悪くなった。
一緒にいた視える奴がいうには、この甲冑には人の髪の毛が
使われていて(多分挙げた首から勝手に切り取ったんじゃないかと)
その人らの念が染み付いていたらしい。
だから普通の家でどうこうできるものではないからあのまま持っていたら
多分死者が出ていたんじゃないかとのことだった。

そしてその夜、宿直業務で夜中の見回り中拝殿前に行ったら
大勢の甲冑武者が深々と拝殿に向かって頭を下げて昇殿するように
中に消えていった。不思議と怖い感じはしなかったな。
これでようやく楽になれたのかなと思ったよ。
翌朝、拝殿開ける時に中をくまなく見回ったけど異常はなかった。
ただ、大きい榊の枝が神鏡の前に数本置いてあった。


163 :本当にあった怖い名無し:2008/09/29(月) 04:02:43 ID:E/ld/Jv+O
静岡県浜松市
三方原台地

武田軍と徳川軍の戦「三方原の戦い」の舞台となった場所。
赤土(なぜか土が赤い)の大地を掘れば鎧兜が出土し、夜には戦姿の亡霊が出現するなどと地元で言われている。

ちなみに広大な土地であるにもかかわらず、宅地利用などは敬遠され、いまもただの広大な原っぱである。



166 :本当にあった怖い名無し:2008/09/29(月) 15:12:55 ID:vG0b3CNx0
昔、子供の頃に爺ちゃんの家の蔵に古い兜があったが、
それには触ってはいかんときつく言われていた。
ある日、蔵の中で従兄弟と遊んでいたら、従兄弟が面白半分に
その兜をかぶってしまった。俺は「やばいから元に戻した方がいいよ」
と忠告したが、従兄弟は言う事を聞かずに兜をかぶったままそのまましばらく
遊んでいた。俺は爺ちゃんに見つかったらやばいよな・・と思いつつ
従兄弟を見ていたが、突然従兄弟が「頭が痛い!」とうずくまった。
「大丈夫?」と従兄弟に駆け寄ったが、従兄弟は
「頭が痛い!痛い!」
としか言わないのでとっさに兜を脱がせた。そうしてしばらくすると
従兄弟の頭痛も収まったので兜は元に戻し、蔵から出ると従兄弟に
「兜をかぶったことは黙っていて」
と言われたので俺も爺ちゃんに怒られるのが嫌だったので黙っておく事にした。
しかしその晩から従兄弟は酷い頭痛に襲われて、病院で診察を受けるも
原因がわからず従兄弟の親も困り果てていた。
俺は怒られるのが怖かったが、爺ちゃんに先日の蔵での1件を話した。
(この時俺は爺ちゃんにボコボコにされた。)
そして爺ちゃんは従兄弟と従兄弟の親を連れてお払いへ連れていった。
(従兄弟もお払いに行く前に爺ちゃんにボコボコにされたらしい)
その後従兄弟も酷い頭痛は無くなったが、その後兜をいたずら出来ないように
爺ちゃんはその兜を鍵つきのケースの中に直してしまった。
結局今は爺ちゃんも亡くなりその兜も爺ちゃんの死とともにあるお寺へ収められる事になった。
結局あの兜はなんだったのかはよく解らずじまいだったが、
後年母に聞くとウチの実家は昔はお寺でその兜が原因で不幸続きのある家から
件の兜を預かって寺で保管していたものらしい。


169 :本当にあった怖い名無し:2008/09/30(火) 00:15:58 ID:EehtD0+K0
関ヶ原はほぼ地元だが、
正直ここにはなんも出ん。
地元ではそれっぽい噂も皆無。
それより北近江地方はヤバイとこ多いな。


172 :本当にあった怖い名無し:2008/09/30(火) 00:48:37 ID:kvLUE+Ci0
>>169
そういえば関が原の出た話って新幹線や在来線に乗っている時に
遭遇したってケースが多いらしい。
外見ていたら首なしの武者が飛んできたとか武者に窓から引きずり
出されそうになったとか。

仮にこれが本当なら場所が当時と今では多少ズレていたりするのかもね。
小田原みたいに。小田原は城近辺にはそういう話は無いけど
新幹線より北方面にはある。戦国期の本丸は新幹線より北に
あったからなんだけど。


174 :本当にあった怖い名無し:2008/09/30(火) 22:14:22 ID:QuF9ulZy0
関ヶ原近辺の話は、名城大のヤツが関ヶ原付近の鉄道のトンネル内で、
電車の窓に映る様なことを言っていたな。
大分前に聞いたんで正確な話は忘れたが。


192 :本当にあった怖い名無し:2008/10/04(土) 20:08:43 ID:kZjdpmuA0
桶狭間近くに住んでいたものです。
豊明側の古戦場の件でちょっと。
24さんの書いた古戦場脇の寺、
地蔵が1ヶ所に集まってるのは寺内の大改修で移築しただけです。
またその横の建物、今は大学の関連施設などになっているようですが
昭和の時代は精神病院でした。
時折ふらふらと彷徨い出ていく入院患者もいたようです。
最寄りの中京競馬場駅の開業が昭和28年
周辺もその頃から住宅地として開発され、新住民も増えていきました。
幽霊談は病院を脱走した基地外の人の誤認の可能性もあると思われます。
暗くなってから浴衣着た異常行動の人見たら
幽霊に見えるんじゃないか、と。

もっとも子供の頃には
桶狭間高徳院には義元の墓があり、白馬に乗った武者を見たとか
境内にある「お化け地蔵」に罵詈雑言を投げつけるとその夜幽霊がやってくるなど
いろいろ聞かされましたがね。


207 :本当にあった怖い名無し:2008/10/10(金) 23:09:06 ID:4bShObid0
新潟県新発田市の新発田城の石垣上に、武士の霊が立っていると言う
噂が有った。
自分も夜、見に行ったのだが、確かに立ち入り禁止地区の石垣上に
男が立っているのを見た。
それは陸上自衛隊新発田駐屯地敷地内で歩哨に立つ自衛隊員だった。


217 :本当にあった怖い名無し:2008/10/17(金) 21:19:02 ID:odySt1C7P
昔、今のJR福井駅の辺りに九十九橋があり、旧暦の4月24日の夜に
その橋の上を通ると首なし行列に会うと云われた。
その夜は柴田勝家が滅ぼされた日であり、討たれた柴田の軍勢が行列で現れると云われた。
それを見た者は即ち死ぬと云われ、同夜外出をする者はいなかったと云われる。
ある老婆が夜間所用で出かけ、この行列に出会した。
音もなく歩く首のない行列に肝を冷やしたが、行列の進行方向に老婆は体を向け、
一行を見ないように遣り過ごして無事に一命を取り留めた。
しかし三年が経過した4月24日。老婆は同橋を流れる川に落ちて死んでいた。


220 :本当にあった怖い名無し:2008/10/18(土) 02:57:47 ID:iZ3uXRErO
子供の頃、母の実家に行くとよく近所の首沼で遊びました。
本当は首沼って名前じゃないんだけど近所のお城の殿様が戦に破れて首を斬られて血で汚れたのをその沼で洗った
事にちなんで首沼と呼ぶらしい。城があった場所は今は林になっているけど掘ると
人骨や錆びた刀とか色々と出るらしい。刀のつばはお金になるから昔は掘る人もいたらしいけど掘った人達は
みな気がふれてしまったらしい。何を見て頭がオカシクなったのか気になるし、まだ
城跡を掘ったら何か出るかみてみたいけど、怖くて出来ない。もう何も出ないか人骨しか出てこないとしたら嫌だしね。


221 :本当にあった怖い名無し:2008/10/18(土) 08:42:18 ID:6eRFQu8IP
塚掘りは祟られるというのが世の常識だからな。
古戦場もそこで終わった人には唯一の墓だもの。
でも、刀の鍔はヤフオクでもよく出るし、金に換わるからね。
昔の貧しくて苦しい人は祟られても盗掘したのさ。


228 :本当にあった怖い名無し:2008/10/19(日) 07:52:27 ID:KB4EQEtQP
以前(2年ほど前)、油壺の三浦荒次郎の墓を見に行った日の夜、無縁の者に手を合わせられたのが
余程墓の主の気に入らなかったのか、部屋の隅の下に黒い影が動いていた。
よくある事で、数名の事故死者が出た場所に物見がてらに行くと、
昼間の野外なのに真っ黒な大岩のような影を、稲光のように瞬間的に見たりする。
実は昨夜も見た。
古戦場じゃないが、飯能の方の川沿いの古い観音堂に参ったせいらしい。
帰ってすぐ、部屋の扉を開けて休んでいたら、黒い影が廊下をさっと走った。

ま、嫌な気分だが、実害を受けたことはあまりない。


231 :本当にあった怖い名無し:2008/10/19(日) 11:34:51 ID:JT9WTA5cO
スポットではないが、知り合いの霊能者曰くうちの母親の守護霊だかは鎧武者だと

俺の守護霊は知らん。


232 :本当にあった怖い名無し:2008/10/19(日) 12:41:06 ID:o4ypG2kB0

親戚の叔父の話。
引っ越した先の裏山にその土地ゆかりの武士の墓があったが、誰も手入れをせず草が生い茂り荒れ放題。
叔父はこの土地に引っ越して来た挨拶がてらとの思いも手伝って休日にその墓の周りの大掃除をして
酒や花を供え手を合わせて帰ったそうです。
そしてその晩、枕元に武士らしき人物が立ち、叔父に向かって
「寝所を掃除してくれた上に供え物までかたじけない。」
とお礼を述べて消えたそうです。叔父はそれからもその墓の掃除やお参りなどを続けていたそうですが、
それからは失くし物が見つかったりとか、職場で昇進したりなど叔父の身の上には良いことが起こったそうです。


234 :本当にあった怖い名無し:2008/10/19(日) 19:10:30 ID:JMdwYzbGO
>>232
いい話だなぁ(;∀;)

235 :本当にあった怖い名無し:2008/10/19(日) 20:22:48 ID:KB4EQEtQP
>>232
俺も良い話を聴かせて貰ったと思うぞ。
特に花というのは生きていても死んでいても慰みになるものらしい。
菓子などを供えるより、余程喜ばれるだろう。


236 :本当にあった怖い名無し:2008/10/20(月) 00:01:21 ID:KhjXT18EO
武士の霊って、義理がたいみたいですね。
だから好き。


237 :本当にあった怖い名無し:2008/10/20(月) 19:55:46 ID:fRUzCqG60
ちょっくら武士のお墓探してくる!

238 :232:2008/10/20(月) 21:06:11 ID:0TN0azTI0
ついでに後日談をもう一つ、叔父の奥さんに弟がいて、
その弟というのが仕事もせず博打好きで酒癖の悪いとんでもない輩で、
いつも叔父夫婦にタカリに来ていたそう。引っ越した先でもたかりに来て
叔父夫婦も嫌な思いをしていたところ、
ある晩例の武士が夢に現れ「ああいう類の者はわしも好かん」と言い消えたそうですが、
その後その弟はある晩酔っ払って道に誤って出てしまい大型トラックに跳ねられ即死してしまったそうです。
叔父は「何とも言えない気分だったよ・・人の道を外すと恐ろしい目に会うんだな」と怖怖と言ってました。


254 :本当にあった怖い名無し:2008/10/27(月) 22:24:49 ID:4G/CoAlL0
四国の話

愛媛県西条市の木曳野というところに
地元の人々に七人みさきなどと呼ばれている小さな祠がある。
戦国時代、氷見高雄の城に石川源太夫という勇猛な武将がいた。
源太夫は城主の一族であったが己の才気を頼むあまり専横のことが多かった。
そこで城主の家臣が複数の同僚と謀って密かに源太夫を討とうとした。
彼等は木曳野に数百の兵を伏せておき、
六人の部下を連れて馬に乗り通りかかった源太夫に討ちかかった。
源太夫もさる者で兵士7、8人を次々と斬り捨てたが、
多勢に無勢、ついに家来6人とともに討ち取られてしまった。
それ以来、夜がふけてから木曳野を通ると、源太夫主従7人が
馬に乗って何かひそひそとささやきながら通るのが目撃されるように。
そこで村人は木曳野に7人の霊を祀る祠を建てた。
その後も7人の霊に夜道でめぐりあう人があり、遭うと必ず病に罹かるので、
西条保国寺住職が大施我鬼をして源太夫ら7人の霊を慰めた。
それからは7人の霊に行き逢う人は無くなったという。

なお木曳野では五月の端午の節句には鯉のぼりを立てない風習があるが、
これは源太夫の霊が敵の旗指物(はたさしもの)と見間違えて
小蛇となり鯉のぼりを巻き倒すという言い伝えからである。


住職慰霊なさったということで現役スポットでは無いけど
端午の節句鯉のぼりを立てれば一応今でも出現してくれるかもしれないってことで…
戦国時代の心霊談はいいねぇ、情緒がある。
[ 2009/06/15 10:50 ] [ 編集 ]
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